就学相談 ③秋になって 悲しい事件を経て…
今日はケンは、校門のところで手を振って別れることができました。クラスのお友達と偶然会った為ですが、貴重な一歩になったと思います。
給食と同じメニューのお弁当を持参することになりました。偏食と、「きちんと食べないといけない」というケンの中のルールのせめぎあいがどうなるか、見守りたいと思います。
就学相談について。4月末の説明会で、とりあえず今すぐには受けない、受けるかどうかをもう少し悩んでみる、という決断に至りました。
その後、幼稚園の夏祭りで年長さんらしく係の仕事を貰ってそれをきちんと実行したり、運動会の練習を日々がんばったり、と成長を感じる日々を過ごしていました。一方で家では小さなことで怒って大騒ぎしたり、かと思うとものすごく落ち込んでしくしく泣いていたり、というようなことが多くありました。地雷を避ける生活がうまくいっているだけで、地雷そのものはなくなっていない、ということを改めて実感していました。
そのころ、10月になって、福井の中学校で先生に叱責を受け続けた生徒さんが自殺する、という痛ましい出来事がありました。その生徒さんについて、他の教師の一部が発達障害を疑い、受診するよう保護者に進めるよう、担任、副担任に助言していた、というニュースもありました。ケンのようにぱっと見ではわかりにくい発達障害の場合でも、先生方の理解が得られない可能性は高いかもしれない、とその時に感じました。
実はこの時点まで、就学相談を受けるかどうか、決めかねていました。幼稚園で全く問題が無いと言われると、小学校でもそのままでも行けるのでは、という気持ちにもなり、一方で家での不安定な様子を見ると、これはやはり就学後もケアはいる、とその間で悩んでいたのが、先生方に理解して置いてもらう必要がある、ということに思い至りました。
確かに、就学相談説明会での相談でも同様のことを言われていました。当時はそのことを深く考えることはなかったのですが、この事件を経て、そのことの重要性を感じるようになりました。
ケンは年少のころから、幼稚園で声を出してわあわあ泣く、ということはありませんでした。困ってしまったことがあると、黙って目に涙をためているだけ、先生が気づいて声をかけるとやっとその事情を説明できる、ということのようでした。幼稚園は少人数なので先生の目が届くためにそれでも問題にならないとはいえ、学校はずっと多くの子供たちを一人の先生が見ることになります。もし何かうまくいかなくて一人で声を出さずに泣いているようなことが続けば…と思うと、やはり学校側にケンの状態を知っておいてもらうのは必要では、と思うようになったのでした。それで就学相談の健康診察で医師がいて、パニックを起こしてしまうようなことがあって、私の希望とは異なる判定が出たとしても、それはそれで一つの現実だ、と考え、受け入れる覚悟もできつつありました。
当時、療育の先生の話によると、私たちの住んでいる地域では、
●どのような判定が出ても、最終的に決めるのは保護者。
●従って、支援級判定が出ても、普通級に通います、と希望を通すことはできる。
●しかしその場合、通級に通う、などの支援を受けることはできない
というシステムになっているようでした。ここでもし支援級判定が出て、それを覆して普通級を希望した場合は、通級に通えなくなる、就学相談を受けずにそのまま入学すれば、入学後に通級の相談はできる、このジレンマに当時はかなり悩んでいましたが、この悲しい事件をきっかけに堂々巡りから一歩抜け出すことができました。